久住ワイナリー物語

久住ワイナリー物語

オーナー藤井の小さいころからの強い思い ― 畑づくり

2002年2月、阿蘇くじゅう国立公園の久住連山の麓に、丸太の杭が打ち付けられ始めました。そこには小さな植物の苗が植え付けられていきます。その植物は「加工用ぶどう」。ワインの原料を目的とした、フランスやドイツ生まれのぶどう品種です。

生まれも育ちも久住という久住ワイナリーのオーナー、藤井文夫は、小さい頃から感じていたことがありました。「朝の厳しい冷え込みと、昼の日差しの強さをもつ久住でワインを作ったら、どんなワインができるのだろう?」、「この土地ならではのワインを作りたい!」・・・その思いは日に日に強くなり、ついに実現へと向かっていくこととなります。

藤井は、このすばらしい久住連山の景観が、これから作るぶどう畑によって、さらに人が感動できるものにする為に徹底的にこだわりました。ぶどう畑を囲む南東にまっすぐ伸びる丸太の杭は、前後、左右、高さをそろえる為に、1cmのズレも妥協しません。そしてついに長さ500m、幅100m(5ha)という日本最大級の一枚畑を作り上げたのです。

ぶどう作りを通して自然と真っ直ぐにむきあう

そしてぶどう作り・・・ここ久住の環境はぶどうにとって非常に適した条件でした。寒暖の差が大きく、日差しの強い久住高原。酸性土壌の土も、毎年時間をかけてアルカリ土壌に変えていきました。

しかし問題も少なくはありませんでした。
植え付けから2年目を迎えた夏は、記録的な長雨と冷夏。3年目は久住に4つの大型台風が直撃しました。植え付けから3年・・・収穫はなし・・・。

「この土地でぶどうを育てるのは無理なのか・・・」
そんな不安が藤井の頭をよぎりました。

しかし藤井、そして関係者は、久住高原のワインを作る事を諦めませんでした。立ち上げ当初から熱心に指導してくださる名誉農学博士 志村富男先生の指導を忠実に守り、必死にぶどう作りに励みました。

初収穫そして、久住ワイナリーのオープン

そして2005年9月、志村先生の力添えのおかげで初収穫をむかえることができたのです。。2005年11月には酒類製造免許を取得し、2006年4月についに久住ワイナリーをオープンしました。2006年9月には2度目の収穫。オーナー会員様と一緒に、収穫祭を行うことに成功しました。

畑、工場、売店、そして何よりワインにこだわった藤井の思いは一つでした。「久住高原に来る人達に、癒しの空間を提供したい」―この思いの為に、藤井そして久住ワイナリー社員一同は常に「久住ワイナリーは畑が命である」という事を心がけて、ワイン作りに日々汗を流しています。